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どこにも出かけなかった週末でしたが・・、 長田典子さんの個人詩誌『KO.KO.DAYS(No.2)』を読み返していました。 今号のゲストは鈴木志郎康さん。 志郎康先生の詩『記憶の書き出し 焼け跡っ子』は、戦災後の焼け跡を歩く こども、わたし。の記憶を辿られて書かれています。 戦争体験のない私は、焦土、焼け跡と言うと、写真や映像から受けた イメージしか持っていないのですが、この詩に描かれているご体験の エピソードに驚きながらも、その場面が思い浮かぶようでもありました。 “空白”という言葉がとても印象に残りました。 (空白の焦土を歩く)(戦災の空白の/焼け跡には) 焼け跡の、何もかも焼け落ちた、その空虚感を感じると伴に、 志郎康先生の記憶の空白でもあるかのようで・・、今またその空白を 歩かれているようにも感じました。 一篇目の(遠くまで拡がる赤い瓦礫、)から「赤」と、最後の「スズメ掴み」の 詩で(焼け跡の空は真っ青に済んでいた。)から「青」の色彩がとても鮮やかに 感じられました。 志郎康先生、(キュッ。)はまだまだ。もう十年でも二十年でも・・。 長田さんの詩『モスコーミュール 〜赤い色は伸びて広がる』は、 ヨコハマ アオバダイ でモスコーミュールを飲んでいるあたしと、ロシアにピアノを 習いに来ているあたしと、最後に(赤い音)で繋がれていて、じぃーんとしました。 痛い、どんなに痛い音も、受け入れていけるような気がします。 壊れている八分音符だっていいじゃない、と思える。 おばあちゃんの歌ってくれる赤い音はいいですね。 (赤い色は伸びて広がる 広がって、交じり合って、・・) (赤い音は太陽が沈んで昇る音)というイメージがとても良かったです。 世界中の人たちは繋がっている、のですよね。 長田さん、ありがとうございました。 |
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