nontan's diary

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zoom RSS ちょっと誤解をされたかもしれなくて・・

<<   作成日時 : 2009/06/28 11:20   >>

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あるコメントに対して、私の想いを書きました。

UPJ4の素晴らしいところは、開かれていることだと思います。

私の関心はちょっと違うところにあります。
商業詩誌の先頭にあるところで書かれていることにも興味はあります。
ゼロ年代詩人と取り敢えず評価されている人たちが、今の現代詩を
どう見ているのかにも興味はあるので、特集にも目を通しました。
ちょっとチグハグな感じは受けたけど。それになんか難しいこと
言ってるなぁという感じ(笑)。
その中でも、詩に出会う機会が少なくなっていると言われたこと
には共感でした。
「詩以外の読み手が詩を読む可能性も確保しておかなければいけない(引用)」
「詩を読んだらはまる可能性のある人が、一生詩に出会わない確立が
 どんどん上がるのは困るわけです(引用)」と語られていました。

私は詩がもっと大衆化したらいいのになと思っています。
電車の中で、漫画や小説が読まれるように、詩集も読まれれば
いいのになぁと思う。
商業詩誌で書かれていること、またゼロ年代詩人と挙げられた人たちは
極少数です。詩の書かれている現状というか、大衆と捉えた時に、
多くの人たちに求められている詩は、むしろUPJ4のようなところ、
街の片隅の小さな(比喩として)ステージにあるんじゃないかと、
私は思っています。

そこに目を向けた時に、表現が多様化していると言うことでしょうか。
価値観の違いがあるのは仕方なくて。それは肯定的に捉えて、
自分にはない表現に出会うチャンスでもあると考えたい。
でも私の中にも許容範囲があって、これをどこまで広げられるかが
私自身の問題なのだと思います。


それともう一点。詩を読まない人にも、詩に触れてもらう機会をつくりたい
のだけれど、どっから入ってもらったらいいのかなぁと思い悩みます。
詩の入り口としては、やっぱり国語の教科書で読まれた詩なのかなぁと
私は思ってしまうのだけれど。。

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